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ストーリー1 「式島」(前)
妻は車椅子に乗っていた。
私は車椅子を押し、駅のホームにいた。中央に線路があり、ホームが分断されているタイプの駅だった。
「あなた、“あれ”、持ってきた方が良いんじゃないの?」
「そうだね。忘れてた」
私は、“それ”を取りに戻ることにした。
ホームに戻って来ると妻はいなかった。困ったことになったな、と思った。私は、駅のロータリーでタクシーをつかまえることにした。
タクシーには既に、50代のスーツを着た男性と、30代半ばのシックな赤いドレスを着た女性が乗っていた。周囲にタクシーはその1台しかおらず、私は相乗りさせてもらうことにした。
私は上座に座らせてもらった。なぜ私が上座なのだろう。この男性が上座に座るべきではないだろうか。そう思ったが、私は上座に座っていた。はじめのうち、少しいたたまれないような気持ちになったが、多分これが一番良いのだろう、と感じられた。ドレスの女性が助手席に座っていた。
駅のロータリーを出発する時にふと窓の外を見ると、ホームから車椅子に乗った妻が降りて来るのが見えた。あぁ、私が反対側のホームと間違えたのだな、と納得した。妻と目が合い、妻は急いでバス停を探し、すぐに停車していたバスに飛び乗った。車椅子は、バスの入り口の所に乗り捨てられた。あの車椅子は今後どうなるのだろう。誰かが足をひっかけてしまわないだろうか。バスがふんずけて、タイヤがパンクしてしまわないだろうか。
私は、次のバス停で妻と合流しようと思うのだが、相乗りまでさせてもらって、私だけ途中で降ろして欲しいというのはかなり気が引けることのように感じた。私が何も言い出せずにいると、スーツの男性が、
「運転手さん、彼が降りたいって言ってるよ」
と言った。ありがたかった。そういう、誰かの考えが読める能力を持っている人がいるらしい。まぁ、いるのかもしれない。
そして、タクシーの運転手は、車両を歩道に寄せた。スーツの男性は、奥に座っている私を出させるために一度降りた。そう思ったのだが、助手席に座っていた赤いドレスの女性も、一緒に降りてしまった。ほんの少ししかタクシーに乗っていないのに、彼らも降りてしまうというのだろうか。良く理解できないが、そういうものなのかもしれない。そして彼らは、私がふと目を離した時にいなくなっていた。
タクシーの運賃を払わなければならないと思ったが、運転手は料金などどうでも良いような顔をしていた。60前後の、短く刈り上げた白髪の、一昔前の眼鏡をかけた、人懐っこそうな男性だった。それは全体の印象だったが、眼鏡の奥にある眼が、私には見えなかった。眼の表情がわからない人は、あまり信用できないな。そう感じたが、その印象はあまり長くは続かなかった。
その時、妻を乗せたバスが、もの凄いスピードで私の目の前を走って行った。次のバス停はすぐそこに見えていたのだが、バス停に並んでいる人はおらず、降りる乗客もいなかったのだろう。このあたりの道は交通量も少なく、そのときも、私の乗っていたタクシーと、妻を乗せたバスしか見えなかった。だから、あんなスピードで走れるのだろう。
私は呆然と、凄まじいスピードで走り去って行くバスを眺めていた。バスはT字路を右へドリフト気味に曲がり終えたが、私はしばらく角を眺めていた。まるで、角に建っているビルを透視できるのではないか、と思えるほど、その一点を眺めていた。
ふとタクシーの運転手を見ると、彼もT字路の奥を眺めていた。もしかしたら、眼が存在しない彼なら、ビルの奥も見えるのかもしれないな、と思った。
ゆっくりと振り返った運転手は、私に話しかけた。
「ここの港の、冷蔵車なら、あのバスより先に着けるよ」
そう言って、にっと笑った。彼は人懐っこいのだろうか。私には良くわからなくなった。
(つづく)
私は車椅子を押し、駅のホームにいた。中央に線路があり、ホームが分断されているタイプの駅だった。
「あなた、“あれ”、持ってきた方が良いんじゃないの?」
「そうだね。忘れてた」
私は、“それ”を取りに戻ることにした。
ホームに戻って来ると妻はいなかった。困ったことになったな、と思った。私は、駅のロータリーでタクシーをつかまえることにした。
タクシーには既に、50代のスーツを着た男性と、30代半ばのシックな赤いドレスを着た女性が乗っていた。周囲にタクシーはその1台しかおらず、私は相乗りさせてもらうことにした。
私は上座に座らせてもらった。なぜ私が上座なのだろう。この男性が上座に座るべきではないだろうか。そう思ったが、私は上座に座っていた。はじめのうち、少しいたたまれないような気持ちになったが、多分これが一番良いのだろう、と感じられた。ドレスの女性が助手席に座っていた。
駅のロータリーを出発する時にふと窓の外を見ると、ホームから車椅子に乗った妻が降りて来るのが見えた。あぁ、私が反対側のホームと間違えたのだな、と納得した。妻と目が合い、妻は急いでバス停を探し、すぐに停車していたバスに飛び乗った。車椅子は、バスの入り口の所に乗り捨てられた。あの車椅子は今後どうなるのだろう。誰かが足をひっかけてしまわないだろうか。バスがふんずけて、タイヤがパンクしてしまわないだろうか。
私は、次のバス停で妻と合流しようと思うのだが、相乗りまでさせてもらって、私だけ途中で降ろして欲しいというのはかなり気が引けることのように感じた。私が何も言い出せずにいると、スーツの男性が、
「運転手さん、彼が降りたいって言ってるよ」
と言った。ありがたかった。そういう、誰かの考えが読める能力を持っている人がいるらしい。まぁ、いるのかもしれない。
そして、タクシーの運転手は、車両を歩道に寄せた。スーツの男性は、奥に座っている私を出させるために一度降りた。そう思ったのだが、助手席に座っていた赤いドレスの女性も、一緒に降りてしまった。ほんの少ししかタクシーに乗っていないのに、彼らも降りてしまうというのだろうか。良く理解できないが、そういうものなのかもしれない。そして彼らは、私がふと目を離した時にいなくなっていた。
タクシーの運賃を払わなければならないと思ったが、運転手は料金などどうでも良いような顔をしていた。60前後の、短く刈り上げた白髪の、一昔前の眼鏡をかけた、人懐っこそうな男性だった。それは全体の印象だったが、眼鏡の奥にある眼が、私には見えなかった。眼の表情がわからない人は、あまり信用できないな。そう感じたが、その印象はあまり長くは続かなかった。
その時、妻を乗せたバスが、もの凄いスピードで私の目の前を走って行った。次のバス停はすぐそこに見えていたのだが、バス停に並んでいる人はおらず、降りる乗客もいなかったのだろう。このあたりの道は交通量も少なく、そのときも、私の乗っていたタクシーと、妻を乗せたバスしか見えなかった。だから、あんなスピードで走れるのだろう。
私は呆然と、凄まじいスピードで走り去って行くバスを眺めていた。バスはT字路を右へドリフト気味に曲がり終えたが、私はしばらく角を眺めていた。まるで、角に建っているビルを透視できるのではないか、と思えるほど、その一点を眺めていた。
ふとタクシーの運転手を見ると、彼もT字路の奥を眺めていた。もしかしたら、眼が存在しない彼なら、ビルの奥も見えるのかもしれないな、と思った。
ゆっくりと振り返った運転手は、私に話しかけた。
「ここの港の、冷蔵車なら、あのバスより先に着けるよ」
そう言って、にっと笑った。彼は人懐っこいのだろうか。私には良くわからなくなった。
(つづく)
コメント
No title
イノちゃん
ありがとうございます。今日夜8時1分に続きがアップされます!
No title
小説、お書きになられるのですね^^
続きを楽しみにしてます♪
続きを楽しみにしてます♪
奏さま
はじめて書きました・・・。奏さまは、創作されますよね。
小説書く時の文章って、他の文章と大分書き勝手が違いました・・・。
はじめて書きました・・・。奏さまは、創作されますよね。
小説書く時の文章って、他の文章と大分書き勝手が違いました・・・。
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気になります!